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マンボウの体温低下抑止能力

 マンボウは体温調節を外部の温度環境に依存する外温性の魚類であり、体温を好ましい範囲に保つために環境を選択する行動的体温調節を行う。その代表的な例が“マンボウの昼寝”と呼ばれる横倒しになって海面で浮遊する行動である。以前の研究(マンボウの採餌戦略参照)で、三陸沖でマンボウの行動を調べたところ、マンボウは深度200m付近と海面の間を数十分間隔で往復し、深海に豊富なクダクラゲ類を食べていることが明らかになった。深場は冷たく、海面は温かかったことから、“マンボウの昼寝”は、冷たい深場で採餌した後に体温を回復するための行動だということが示唆される。実際にマンボウの体温の変化を測ってみると、冷たい深場にいる間に体温が徐々に下がっていき、温かい海面で浮かんでいる間に体温が回復していた。体温の変化を詳しく見てみると、深場で冷えていく時よりも海面で温まっている時の方が体温が速く変化していたので、水温との差に対してどのくらい体温が変わるかという全身熱交換係数(体の冷えやすさ/温まりやすさ)を調べると、深場で冷やされる時の冷えやすさに対して、海面で温められる時の温まりやすさの方が数倍大きいという結果が得られた。この時は、速く体温を回復することができれば早く深場に戻ることができるだろうと考え、マンボウは効率的に体を温めて体温回復にかかる時間を短縮しているのだと考察していた。

 今回、かごしま水族館で飼育されていたマンボウを三陸沖よりも温かい鹿児島の錦江湾に放流して行動を調べたところ、三陸沖と同様に海面から深度200mまでの頻繁な浅深移動が観察された。また、同時に装着したビデオカメラによって、海面に近いところでハチクラゲ類を食べる様子も確認できた(図1)。三陸沖の環境と比べると錦江湾は海面の水温が高く、深度200mでも三陸沖の海面付近の水温と近かった。海面はマンボウにとって暑いのにも関わらず、放流したマンボウは時折海面に姿を現していた。そして、その間にゆっくりと何回も旋回する奇妙な行動をすることもあった。この行動の意味は今はまだわからないが、“マンボウの昼寝”には体温回復以外の機能もあるのかもしれない。マンボウは海面にしばらく滞在時も、海面付近の水温まで体温が上がりきる前に深場に移動して、体温を下げる様子が確認された(図2)。そこで、鹿児島のマンボウでも全身熱交換係数を調べてみると、三陸沖のマンボウと比べて冷えやすさと温まりやすさの差は小さく、温まりやすさは三陸沖のマンボウと同等だったのに対し、冷えやすさは三陸沖のマンボウより大きいという結果が得られた(図3)。この結果から、三陸沖のマンボウで見られた冷えやすさと温まりやすさの大きな差は、“マンボウの昼寝”中に効率的に体を温めていたというわけではなく、冷たい深場で体温が下がっていくのを何らかの生理的な調節によって抑制していたと解釈できる。そのような能力のおかげで、マンボウにとって冷たくて過酷だが餌が豊富な深海という環境を利用することができるのだと考えられるが、生理的な調節の実態ついては今後さらなる研究が必要である。

 外温性の魚類の体温は環境温度に依存しているが、ただ単に周りの温度によって温められたり冷やされたりするだけでなく、ヒトで言えば寒い時に鳥肌が立って体温を逃さなくするような何らかの体温を逃しにくく能力を持っているようだ。このような能力がどのような生理的調節によるものかはまだわかっていないが、体温を直接計測するアプローチによって魚類の温度環境との付き合い方について新たな展開が生まれることが期待される。

図1 クラゲ類をかじるマンボウ

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図2 鹿児島での1日のマンボウの深度と水温・体温の変化。マンボウは海面から深いところまで頻繁に移動し、水温の変化に伴ってマンボウの体温も変化していた。海面に長く滞在することもあったが、体温が上がりきる前に深いところに戻っていた。

図3 全身熱交換係数(体温の変わりやすさの指標)と体重の関係。三陸沖でも鹿児島でも、体温が上がっていく時(加熱中)は体温が下がっていく時(冷却中)よりも全身熱交換係数が大きかったが、その差は三陸沖の方が大きかった。そして、加熱中の全身熱交換係数はどちらの海域でも差がなかったが、冷却中の全身熱交換係数は三陸沖の方が小さくなっていた(体温が変わりにくい)。また、それぞれの海域の全身熱交換係数を使って、それぞれの海域のマンボウの体温変化を水温から推定してみると、鹿児島の全身熱交換係数を持ったまま三陸沖のマンボウの動きをすると、体温がもっと下がってしまうという結果になった。

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