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マンボウの採餌戦略

 マンボウに深度計を装着して行動を追跡した研究により、マンボウが海面だけでなく深度800m以深まで潜ることがわかってきた。この行動は餌を食べるためだろうと推測されていたが、そこで何を食べているのかはわからなかった。本研究では、マンボウに光源付きのカメラを装着し、マンボウが深いところでクラゲ類を餌として食べている証拠を画像として得ることに成功した。最もよく食べていたのは、多数の個虫によって群体を形成するクダクラゲという動物だった(図1)。クダクラゲ類がマンボウの消化管内から報告された例はなく、本研究が初の報告となる。クラゲ類は消化が早いため消化管内容物として見つかりにくく、崩れやすいため同定も難しい。マンボウ自身にカメラを着けて食べた餌を記録するという手法だからこそできた発見である。マンボウがクダクラゲ類を食べていた深度は主に100〜200mであった(図2)。しかし、ずっとこの深度に留まることはなく、しばらくすると必ず海面まで上がってくる。そして、しばらく海面に留まった後、再び餌のいる深度に潜るという行動を繰り返していた。マンボウは魚なので、海面に呼吸をしに戻る必要はない。では、なぜ海面にわざわざ戻るのだろうか?

 水温に着目してみると、餌のいる深度における水温は10℃以下と冷たい。対して、海面における水温は17℃と温かい。そこで、マンボウに体温計を装着し、体温の変化を測ってみたところ、マンボウの体温は深いところで餌を食べている間に徐々に低下し、その後に海面に留まる間に下がった分の体温が回復していた(図2)。周りの水との温度差に対する体温の変化する早さを計算してみると、海面の温かい水で体温を回復する間には、冷たい水の中で餌を食べている間に体温が低下する時よりも3倍以上の早さで体温が変化しており、マンボウが体温回復の際に周りの温かい海水から効率的に熱を吸収していることが示唆された。おそらくは血流量の調節など何らかの生理的な調節を行っていると考えられる。

 海面と深いところにある餌場を往復する場合、マンボウはいかに振る舞うべきなのだろうか。マンボウが単位時間当たりに餌を食べた回数を数えると、1回の潜水の長さや深度とは関係が見られなかった。つまり、マンボウが食べる餌の数を増やすためには、餌場にいられる時間を増やせば良いということになる。低下した体温を回復するための時間を考えた時、マンボウが耐えられる体温に下限があるとすると、長い時間深い深度に滞在し身体が冷やされた時ほど身体を温めるのに必要な時間の割合は増加する(図3)。つまり、1回の潜水を短くして頻繁に海面と深いところを行き来した方が体温回復にかかる時間は抑えることができる。しかし、頻繁に行き来するほど海面と深いところを往復する時間が増えてしまう。というわけで、餌を探して食べる時間を最大にするのにちょうどいい潜水の長さがあることになる。このちょうどいい潜水の長さというものを見積もってみると、大きなマンボウほど長くなり、この傾向は実際のマンボウの潜水の長さの傾向とも一致した(図4)。マンボウは、餌を探して食べる時間が最も長くなるように体温調節しながら海面と餌のいる深いところを往復していたことがわかった。

 外洋に生息する魚類には、マンボウと同じように海面と深場を往復しながら餌を食べる種が多く存在する。本研究の発見はマンボウだけに留まらず、外洋に生息する魚類がどのように鉛直的に大きな温度勾配を持つ外洋という環境に適応していったかを明らかにするために重要な知見となる。

図1 マンボウに装着したカメラに写ったクラゲ類。クダクラゲ類(左・中)やハチクラゲ類(右)が写っていた。

図2 1日のマンボウの深度と水温・体温の変化。マンボウは昼間に海面と深いところを往復していた。深いところほど水温が低くなっている。マンボウの体温は深いところにいる間に低下し、その後の海面滞在中に回復していた。

図3 マンボウの海面と餌場を往復するサイクルの概念図。ちょうどいい潜水の長さの時に最も餌を食べる時間の割合が多くなる。

図4 ちょうどいい潜水の長さを見積もると大きなマンボウほど長くなり、実際の傾向と一致した。

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