マンボウの研究を始めたきっかけ
私が元々大学院に進学したのはカメの研究がしたかったからである。入った研究室は、動物にデータロガーと呼ばれる行動を記録する装置を装着して、そもそも観察することが難しい動物の野外での行動を記録するバイオロギングを専門にするところだ。私は動物の個体が何をしているかそれ自体に興味があったので、ぴったりの研究手法だった。なぜマンボウの研究を始めたかというと、同級生がすでにウミガメの研究を始めていたので、指導教官に「君は魚の研究をするといい」と言われて、その辺りで捕れる何かの魚を研究することになったからだ。ある程度の大きさがあってそれなりに捕れる魚ということで候補になったのはサケとマンボウだ。なぜマンボウを選んだかというと、「マンボウの研究で博士号をとれば、なんと“どくとるマンボウ”になれる」と言われて、それはいいな!と思ったというミーハーな理由である。
マンボウの研究を始めるにあたって最初にやったことは定置網漁船に乗ることだ。初日こそ先輩が一緒に着いてきてくれたが、次の日からは一人で毎日かかさず通うことにした。定置網漁は魚の通り道に巨大な網を仕掛けて入ってきた魚を捕る漁法である。どんな魚が入るかは日によって変わるし、網を揚げてみるまでわからないので毎日通っても全然飽きることはなかった。これまで生きた姿を見たこともなかった魚を見ることができるというのも漁船に乗ることの特権だと思う。ネズミザメやアオザメ、バショウカジキなど水族館にたまに入るとこぞって見に行くような人がいるような魚も自然に近い状態で見ることができるのは、魚好きとしては最高である。漁船に乗るといってもただ乗っていたわけではない。乗るからには何か仕事をしたい。やってみて、個人的に漁師はかなり頭を使う仕事だと思った。毎日水揚げや潮流の状況が違うにも関わらず、特に指示が飛ぶわけでもなく皆統率が取れて動く。それぞれの持場も決まっているようで流動的だ。なので、空気を読む力、今どこの人手が足りなくて何をすべきかが判断する力が大事だと感じた。空気を読んで自分にできることをひたすら続けていたら次第と自分の持ち場が決まってきて、ようやく一員になれたような気がした。
データロガーは動物が何をしているか何でもわかる魔法の道具ではない。データロガーが記録する数字のデータは膨大ではあるが、実際に目で見る直接観察には到底及ばない。なので、マンボウの飼育に挑戦したりもした。30cmほどの小さいマンボウが大量に捕れていたので、活きの良いのを2匹生かして連れて帰った。飼うためには何か餌をあげなくてはならない。このくらいの大きさのマンボウのお腹からはカニの幼生やヨコエビ、ワレカラなどの甲殻類が出てくる(研究の詳細参照)。なので餌には生のアマエビをあげることにした。ところがそのまま水槽に投げ入れても食べてはくれなかった。餌だと認識しないのだ。なので、まず口に押し込んでみることにした。そうすると異物を感じたマンボウは文字通り吐き出す。30cmは飛び出すくらい盛大に吐き出す。そんな状態を何度も繰り返してみるとある瞬間においしいと感じたのか食べるようになった。そうなればもう人が水槽に近づくだけで餌が貰えると思ってまっしぐらに寄ってくるようになった。何かの本で水族館で飼育するイルカを選ぶ時には警戒心の強い中々懐かないイルカを選ぶと読んだことがある。そういうイルカの方が頭が良くて芸の覚えがいいそうだ。その点でいくとマンボウは餌を人がくれることを覚える頭はあるがほとんど警戒心のないちょっと間抜けな魚と言えそうだ。
定置網で捕れたネズミザメ
定置網の中を泳ぐバショウカジキ
マンボウに餌付けする様子
餌を貰えるとわかればまっしぐらに突進してくる。