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マンボウ調査の話

 マンボウにデータロガーを取り付けて餌とり行動と体温を測る。やったことはこれだけだけど、やってみるのはすごく大変だった。他にやってみようと思った方の参考になればと思って、マンボウを調査する上でポイントになったことをいくつか挙げてみる。

 まず、マンボウを放流するためには生け捕りにする必要がある。船で沖に出ればマンボウが浮いているのを見かけることも珍しくはないが、銛で突いてしまっては傷ついてしまうし、マンボウは狙って釣れるものでもない。なので、マンボウを生け捕りにする一番いい方法は定置網漁である。定置網漁は大掛かりな漁法なので、大勢の漁師さんに協力してもらわなくてはならない。漁師さんは魚好きな人が多いので基本的に協力的だけど、こんなことがやりたいので協力して下さいといきなり頼んでも、仕事が増えて迷惑になってしまう。なので、まずは最低でも1ヶ月、網起こしから魚の選別まで毎朝の定置網漁に参加して、自分がどういう人間かを知ってもらうことから始めた。後になって他の地域の定置網を知ってからわかったことだが、三陸の定置網はダントツで朝が早い。午前1時には集合していた。そして、漁獲量も圧倒的に多いので仕事量もハンパない。船が沈みそうなほど魚が捕れた日は選別が昼までかかったりした。三陸の海は豊かである。深夜12時起きは慣れればどうということもなく、朝ごはんに出てくる捕れたての透明なイカ刺しがとにかく最高で、イカ刺し作りはプロ級になった。

  実はそれまでマンボウの野外でのデータは半日程度の短いものしか取っていなかった。なんとかして数日、欲を言えば1週間のデータが取りたかった。そのために使ったのは衛星発信器である。データロガーが浮いた時に衛星経由でその位置を知ることができる優れものだ。浮いたらその場所まで船で行って回収すればいいだけだ。しかし、これが簡単なことではない。まず、遠すぎればそこまでいくことすらできない。また、海が荒れていたら行けないし、行ったとしても波間に浮き沈みする小さなデータロガーを見つけることは相当困難である上に、私は誰よりも船酔いがひどいと自負している。なので、放流する日を決める時にいちばん重要なのはデータロガーが浮かぶ日の天気である。とにかく毎日、天気図とにらめっこをして1週間後、ベタ凪になるような日を探した。どのような天気図の時に風が弱いかの知識も必要になる。日本の天気予報はかなり優秀で、1週間後の予想天気図も意外と当たるが、それでもやはり予報は予報、なかなかその通りにはならないこともある。そして、予報がいい時に放流に適したマンボウが捕れるとも限らないが、この辺りはもう運である。マンボウは1週間でどこまで泳いで行くか、北に行くのか南に行くのかもわからないので、どこにデータロガーが浮いても回収できるような体制を作る必要がある。私は遠くまで行ける突きん棒漁船にお願いすることにした。実際、放流したマンボウは1週間で最長200kmも移動して、そこまでは漁船で10時間以上かかった。行き帰りにメカジキの突きん棒やイルカを見ることもできたので、結構楽しい航海だった。この衛星発信器を使った方法はハワイでサメの調査をするにあたって現地の研究者の方と共同で考案した方法である。今では、世界中の研究者にこの方法が広まって、以前よりも質の良いデータが取られるようになり、興味深い論文がどんどん出ている。

 いわゆるマンボウの昼寝は体温調節だという仮説は以前から知られていた(この論文は私の調査なんかよりもっとすごい!8匹のマンボウに超音波発信器を取り付けて船で最長3日間も追っかけたのだ!)のだが、マンボウの体温をどうやって測るのかというアイディアは中々苦戦した。これまで野生の魚の体温を測る方法として体温計をお腹の中に入れることが一般的だったが、この方法には入れた後に皮を閉じて縫い合わせる必要がある。しかし、マンボウの皮は分厚くてカチカチで縫い合わせることなんてとてもできないので、ドリルでくり抜いてから蓋をするかくらいしか思いつかなかった。しかも、その方法では中に入れても同じマンボウを再び捕らえなければ体温計が回収できない。そんな時、マグロの体温を計測した論文を読んでいて閃いた。マグロの体温は周りの水温よりも高いというのは、体温と同時に水温も測ったからこそわかったことだ。体温と水温をどうやって同時に測っているかというと、お腹の中の体温計から細長い温度センサが身体の外に向かって延びている。そこで閃いた。マンボウの硬い皮も小さな穴なら空けられる。その穴に細長い方の温度センサを挿し込めば体温が測れるのではないか!そして背中に付けたデータロガーに体温計本体をくっつけておき、マンボウから外れる時に温度センサもスルスルっと抜ければ再捕獲しなくてもデータが取れる!このアイディアは実際うまくいって、マンボウの体温を野外で初めて測ることができた。最近では国内外の他の研究者もマンボウの真似をして色々な魚の体温を測っており、今後、魚の体温研究を加速させていきそうなので期待している。

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2m以上の大きなマンボウ

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30cmくらいの小さなマンボウ

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どっさり捕れることもある。

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放流するマンボウにはホースで水をやる。

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背中にデータロガーを取り付ける様子

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回収航海で捕れたメカジキ。この青さは生きている時限定。

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