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ジンベエザメの体温の安定性

 水は熱伝導率および比熱容量が大きく、水中に住む生物の体温は周りの水温に大きく影響される。そのため、水中に住む生物にとって水温より体温を高く保つことは大きな挑戦である。体温を高く保つには奪われる熱よりも多く熱を生み出すこと、断熱性を高めて水に熱を奪われにくくすること、あるいはその両方が必要である。鰓呼吸である魚では、血液中の熱が鰓で呼吸する際に奪われてしまうので、水温より体温を高く保つことはさらに難しい。魚の中でもマグロ類やネズミザメ類の一部の種類は、泳ぐ時に筋肉で発生した熱を体表で冷やされた血液に効率的に伝える奇網という組織を使って体温を高く保つ能力を持つことが知られているが、多くの魚は体温調節を外部の温度に依存する外温性であり水温と体温はほぼ一致している。

 海洋環境には、海面から数百メートル潜るだけで水温が数℃から十数℃も変化するという特徴がある。そのため、外洋に住む魚は深度を変えることで幅広い水温環境を利用して体温を調節することができる。表層付近で体温を高めて深海の低水温環境にいけば現場の水温よりも高い体温を持つことができるが、深海の低水温によって体温が低下していくので、体温が下がり切る前に温かい表層付近に戻って体温を回復しなければならない。そのような環境で外温性動物が相対的に高い体温を長く保つ戦略としては身体を大きくするという方法がある。身体が大きくなるほど熱容量が大きくなり、体積に対する体表面積も小さくなるので体温変化がしにくくなると考えられる。ジンベエザメは大きなものでは全長10m、体重数トンにもなる世界最大の魚類である。本研究では、ジンベエザメの行動と周りの水温に加えて体温として筋肉温度を野外で初めて計測して、身体が大きいことがジンベエザメに体温の安定性をもたらしているかを検証した。

 ジンベエザメは深度変化によって幅広い水温を経験していたが、水温が変化しても体温はあまり変化しないことが確認された(図1)。また、ジンベエザメの体温の上限は海面水温と同等であり、高い体温を保つために自ら産生した熱に依存する内温性ではなく、外界の温度に依存して体温を調節する外温性であることが確認された。このことからジンベエザメは熱を産生するような高い代謝コストを払わずに、身体が大きいことで水温環境の変化に対して安定した体温を維持することができることが示唆された。また、体温と尾鰭振動数の関係を見ると体温が低くなるに従って尾鰭振動数が低下していたことから、海面水温に近い体温を保つことは活動性を維持するためであることが示唆された(図2)。水温と体温の差に対する体温変化から全身熱交換係数を推定したところ、これまで報告されていた他の魚よりも小さい値を示した。文献を参照して1g未満の魚から本研究で得られた1tを超えるジンベエザメまで幅広い体サイズの魚の全身熱交換係数を比較したところ、外温性・内温性とは無関係に熱交換係数は体重の-2/3乗に比例して小さくなったことから、身体が大きいほどより体温が変化しにくくなることが示唆された(図3)。放流したジンベエザメは外洋で水温3~4℃と非常に冷たい1000mを越える深度まで行っていた。そのような深度まで潜る理由は明らかではないが、大きな身体に由来する体温の安定性がそのような潜水を可能にすると考えられる。

図1 放流したジンベエザメの深度変化と水温(緑)、体温(橙)の変化。深度変化に伴って水温は大きく変化していたが、体温はゆっくりとしか変化していなかった。また、体温の上限は海面水温とほぼ同じであった。

図2 ジンベエザメの筋肉温度と尾鰭振動周波数の関係。筋肉温度が海面温度に近いほど、尾鰭を振る周期が短く活発であった。海面水温に近い体温を保つことによって高い活動性を維持することができると考えられる。

図3 体重1g未満から1t以上の魚(青:外温性、赤:内温性)の体重と冷える時の全身熱交換係数の関係。体重が重くなるほど体温変化がしにくくなり、その関係は内温性の有無に関わらず体重の-2/3乗に比例することが示唆された。

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